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「荒れのないクラス」010 見た目10 表情

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┃「荒れのないクラス」010 見た目10 表情
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 皆さん、大魔神を知っていますか。

 普段はこんなやさしいお顔なのに↓
http://cdn.snsimg.carview.co.jp/minkara/userstorage/000/038/900/674/bebf5f1990.jpg?ct=9933b2ed16f3

 人びとが苦しめられると、怒りに燃えて悪人をやっつける正義の味方です。
 怒りに燃えるとこうなります。↓
https://pbs.twimg.com/profile_images/847056591006281728/g0ferjiI.jpg

 こんな顔でにらまれたら、おしっこちびりそうですよね。
 しかもでっかいし。

 まあ、私はこんな感じだったですね。
 体重も最盛期は106kgありましたしね。
 ほぼプロレスラーです。
 さらに髪型はスポーツ刈りというか角刈りというか、そんな感じでした。
 それでにらみをきかせたら、ほとんどの子は、雷に打たれたように固まっていましたね。
 「起立!」と号令がかかると、子どもたち全員がバネ仕掛けのように立って気をつけをしていました。

 それがいいわけではないです。
 それでも、クラスが荒れてしまわないように、表情の練習はしておいてもいいと思います。
 大魔神の顔をプリントアウトして鏡の横に貼り、毎朝自分の顔を大魔神にする練習をしてはいかがでしょうか。
 やさしい大魔神から一瞬にして怖い大魔神になる練習です。

 さて、それは半分冗談ですが、子どもとの距離感を適正に保つために、表情も有効に働きます。
 厳しい表情、怒った表情がちゃんとできることは大事なことです。

 教育の現場では怒ることはあまり歓迎されませんね。
 怒らないで上手に諭すことが、教育者としてのあり方だというわけです。
 その通りだと思います。
 しかし、そのような神業ができる人はあまりいないでしょう。

 できないのに怒らずに対処しようとするから失敗します。
 怒らない教師を目指すより先に、まず学級をきちんとさせることを考えるべきです。
 私憤はいけません。
 しかし、義憤は大切なことです。

  ※私憤(私事に関するいきどおり。個人的な利害による怒り)
   義憤(道義にはずれたこと、不正なことに対して憤慨すること。)

「荒れのないクラス」009 見た目09 姿勢よく

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 姿勢も見た目の印象に大きく関わります。
 背中を丸めてうつむいている人と、背筋を伸ばしてやや上方を向いている人トでは、見た時の印象が違うでしょう。

 背中を丸めてうつむいている人を見れば、「自信がなさそう」「何か悩みでもあるのだろうか」「毎日がおもしろくない?」「元気がないなあ」「やる気がないのだろうか」などのマイナスの印象を受けるでしょう。

 反対に背筋を伸ばしてやや上方を向いている人を見れば、「自信がありそうだ」「元気はつらつだな」「颯爽としている」「やる気がありそうだ」「仕事に燃えているな」「こっちまで元気になる」などのプラスの印象を受けるでしょう。

 どちらの姿勢をとった方が子どもたちとの関係をうまく築くことができるか、改めて問うまでもありません。
 背筋を伸ばしてやや上方を向いている姿勢です。

 もしも先生がいつも、背中を丸めてうつむいているとすれば、子どもたちはその先生を尊敬しなくなるでしょう。
 軽く見るようになるでしょう。
 ばかにするようになるでしょう。
 自信がなく、元気がないように見えるからです。
 元気がなければ何をしても叱られないし怖くないと思うからです。

~~~~~
 これずっと述べているのは、子どもとの距離感を詰められ過ぎないようにするために考えることです。
 度々書いていますが、目力のある先生、一喝できる先生、自信にあふれた先生には無用のことかもしれません。

 荒れてしまうクラスの先生は、荒れる空気を知らず知らずのうちに、自らつくっているのです。
 その要因をどうコントロールすればいいかという文脈で書いています。
 そのひとつが見た目をコントロールするということです。

 見た目とその人の人格がイコールでないことは百も承知の上で書いています。
 その上で、荒れないクラスをつくるには見た目を最大限に生かしていくといいよということをお伝えしています。
~~~~~

 背筋を伸ばし、胸を張って、やや上を向いて歩きましょう。
 子どもたちと対したときには、背筋を伸ばし、胸を張り、子どもたちを見下ろしましょう。
 自信のある姿勢をしていると、元気な気分になり自信が出て来るものです。
行動がマインドをつくります。

「荒れのないクラス」008 見た目08 黙っている

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 ぺらぺらとよくしゃべる人と、黙っていてほとんどしゃべらない人。
 それぞれにどのような印象をもつでしょうか。

 明るい感じがするのは、よくしゃべる人でしょう。
 親しい感じや身近な感じを受けるのも、よくしゃべる人でしょう。
 話しかけやすいのも、よくしゃべる人ですね。
 軽い感じを受けるのも、よくしゃべる人です。
 つっこみを入れたくなるのも、よくしゃべる人の方でしょう。

 反対に、暗い、親しみ難い、話し難い、重々しい、冗談を言い難い感じをうけるのは、黙っていてしゃべらない人でしょう。

 こう考えてくると、ぺらぺらとよくしゃべる人とは距離感が自然と近くなる傾向にあり、黙っていてほとんどしゃべらない人とは距離感が自然と遠くなる傾向にあると言ってよいでしょう。

 ですから、通常はどちらかと言えば、よくしゃべる人の方が人間関係がよくなりそうです。
 先生も普通は子どもたちとの会話がはずむくらいの方が、よい人間関係を築けるでしょう。

 しかし、荒れのないクラスをつくることを考えた場合はやや異なります。 荒れてしまう大きな原因は、子どもたちに距離感を詰められ、教師と子どもの間になければならない適正な距離感に戻すことが出来ないことにあるのです。
 ということは、荒れのないクラスをつくるためには、最初から子どもたちに距離感を詰められないようにすればいいわけです。
 そのための見た目をずっと述べてきています。

 おしゃべりの先生と黙っている先生、どちらが子どもたちとの距離感が詰まらないかと言えば、これはもう黙っている先生に決まっています。

 先生は一般によくしゃべります。
 しゃべることがたくさんあるからです。
 仕事(授業)のほとんどが、しゃべることで成り立っているからです。
 だから、先生が黙ると子どもたちは「おや?」と思います。
 いつもと違うなと感じるわけです。
 先生が黙ると、やがて子どもたちも静かになることを、先生なら誰もが見聞きしていると思います。

 また、黙っている人は、どこか不気味に思えるものです。
 何を考えているのか分からないからです。

 必要以上にぺらぺらとしゃべらないこと、なるべく黙っていること、こういうことに気をつけることで、距離感を適正に保つことができます。 

「荒れのないクラス」007 見た目07 きょろきょろしない

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┃「荒れのないクラス」007 見た目07 きょろきょろしない
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 きょろきょろと言えばこれ↓
 http://web-mk.net/chara/wp-content/uploads/2011/01/kyoro_01.jpg

 はい、これはキョロちゃんです。
 キョロちゃんのコスプレをしてはいけないという話ではありません。
 きょろきょろしてはいけません、という話です。

 「きょろきょろ」とは、「うろたえなどして、そわそわと落ち着かないさま、また、落ち着かない様子であたりを見まわすさまを表わす語」です。(日本国語大辞典精選版)
 ちなみに「うろたえ」は「あわてふためくこと。また、そのさま。とまどい。ろうばい。」(日本国語大辞典精選版)です。

・あわててばたばたと騒ぐ
・とまどう
・ろうばい=どうしてよいか分からず、あわてふためく
・そわそわして落ち着かない
・落ち着かない様子であたりを見回す
ということが「きょろきょろ」です。

 どうでしょうか。
 このような先生を子どもたちは信頼するでしょうか。
 何かあったり、何か質問されたりする度に、「あわてたりとまどったり、そわそわと落ち着かなくなったり」する先生を、子どもたちは信頼しないでしょう。

 視線を意味も無くあちこちに泳がせないようにしましょう。
 また、顔を意味も無くあちこちに向けないようにしましょう。
 つまりきょろきょろしないようにしましょう。

 仏像のようにじっと1点を見つめていろというのではありません。
 しかし、動かす必要がないときには、視線も動かさずどっしりと構えていることが大事です。

 自信があるから落ち着いた態度がとれるというのは本当だと思います。
 しかし、自信がないと落ち着いた態度がとれないかというと、そんなことはないのです。
 いつでも自信満々のふりでいればいいのです。
 自信満々のふりでいると、いつの間にか自信がついてくるものです。

 質問に答えられなくても、想定外のことがおこっても、きょろきょろしないで自信をもって視線を落ち着かせましょう。

 そういう落ち着きのある先生を子どもたちは信頼するものです。

「荒れのないクラス」006 見た目06 ゆっくり動く

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┃「荒れのないクラス」006 見た目06 ゆっくり動く
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 大きいものはゆっくり動いているように見えます。
 例えば象。
 歩幅が大きいので実際の移動スピードは速いのかもしれませんが、動きはかなりゆっくりしているように見えます。
 大きな建設機械もそうです。
 大型クレーンは、大型なので実際の移動スピードは速いのかもしれませんが、動きはゆっくりに見えます。

 ということは、この逆も成り立ちます。
 つまり、ゆっくり動いているものは大きく感じられるということです。
 地位の高い人、大きな組織の重要なポストにいる人、そういう人はちょこまかと動いたりしません。
 だいたいいつも悠然と構えています。
 悠然と構えているところに風格が出ます。
 器の大きさが出ます。

 映画でもテレビでも、黒幕や組織のドンなど、大きな人物を描く際には、ゆったりとした動きをします。
 ゴッドファーザーのドン、ヴィトー・コルレオーネがチャップリンのように動いていたら、映画は台無しです。
 ゆっくり動く人に、見ている人は、信頼感、充実感、大物感を感じるのです。

 これを教室にも応用しましょう。
 ゆっくり動く、それだけです。
 教室に入るときに歩き方をゆっくりにしましょう。
 教卓の前に立ってゆっくりと姿勢を正し、ゆっくりと子どもたちを見回します。
 お辞儀もゆっくり。
 ゆっくりと、出席簿を手にして出席をとりましょう。
 机の上の整理も慌てずにひとつひとつゆっくりと行いましょう。
 物が落ちても慌ててさっと取らず、落ちてから2、3秒たって気付いたという感じで、何事もなく拾いましょう。

 こうして、物事に動じない、信頼感のある、大きな人物を演出します。
 上記のことを、ちょこまかとしているシーンを想像してみてください。
 子どもたちの目線から想像してみてください。
 先生に対する印象が全く違うはずです。

 ゆっくり動くことにはその他にもいいことがたくさんあるそうです。
 『「ゆっくり動く」と人生が変わる』(PHP文庫 小林弘幸著)に書かれています。
 自律神経のバランスがよくなって、物事がうまくいくのだそうです。

 すぐにできます。

「荒れのないクラス」005 見た目05 髪型

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┃「荒れのないクラス」005 見た目05 髪型
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毎日会っている人なのに、どこか印象が違うと感じたことが、誰にでもあるのではないでしょうか。
 そんな時は、だいたい髪型が変わっています。
 髪型でその人の印象が変わります。

 ということは、子どもたちが先生に対してもつ印象も、髪型で変わる可能性があるということになります。

 子どもたちに距離感を詰められにくい髪型はどのような髪型でしょうか。
 そう単純ではありませんが、ある程度は意識するとよいでしょう。

 男子の場合、次のような髪型が考えられます。

○丸刈り   第一印象:自信家 勝ち気 力 積極的
○超短髪   第一印象:男らしさ 包容力 頑固 行動的
○ショート  第一印象:無難 努力家 協調性
○ミディアム 第一印象:理想家 甘えん坊 柔軟性
○ロング   第一印象:個性的 純真 感受性

 第一印象は、私の勝手な思いですので、信頼性はありません。
 それでも、丸刈りや超短髪の髪型が、近寄りがたい第一印象を与えそうだというのは納得できるのではないでしょうか。

 女子の場合はどうでしょうか。

○ショート  第一印象:外交的 明朗 行動的 打たれ強い
○ボブ    第一印象:強気 さっぱり パワフル 行動力
○ミディアム 第一印象:おしゃれ 協調性 甘えん坊
○ロング   第一印象:夢想家 情熱的 信じやすい

 こちらも私の勝手な思いですので、信頼性はありません。
 それでも、何となくショートやショートボブの髪型の方が、さっぱりきびきびした印象を与えそうではないでしょうか。

 髪型による第一印象が効果的なのは、まさに「第一印象」の言葉のように、初めての時とか極めて初期の頃だと思います。
 それでも、そのような力を借りて、子どもたちとの距離感を適正に保つ努力をすることはムダではないでしょう。

 見た目の効果を最大に生かしていきたいものです。

「荒れのないクラス」004 見た目04 おべっか禁止

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┃「荒れのないクラス」004 見た目04 おべっか禁止
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 「おべっか」とは、ごきげんをとることです。
 子どものごきげんをとることです。
 本来、こどものごきげんはとらなくてもいいのです。
 それなのに、こどものごきげんをとってしまうことがあるのです。
 どうしてなのでしょうか。

 それは、子どもたちに上機嫌でいてほしいからです。
 どうして子どもたちに上機嫌でいてほしいのでしょうか。
 まあ、機嫌が悪いよりもいい方がいいのは確かですが、それを願うようになるのは間違っています。
 それで、どうして子どもたちに上機嫌でいてほしいのでしょうか。

 わかりますか?
 子どもたちのことを思ってですか?
 違います。
 自分のためです。

 子どもたちが上機嫌なら、自分に対して攻撃してこないからです。
 だから子どもたちのきげんをとるのです。
 自分が攻撃されないためにです。

 でも、そうやってごきげんをとろうとしていることは、実は相手にはばれています。
 びくびくしながら子どもたちのごきげんをとろうとしている、そういう気持ちは相手に伝わっています。
 そういう雰囲気に子どもたちはイライラしてきます。
 そして、反対に攻撃を始めるのです。

 どうして攻撃されないようにびくびくしているのでしょうか。
 それは自信がないからです。
 自信がないから、おべっかをつかってごきげんをとってしまうのです。

 自信があればいいのです。
 そんなことを言うと、自信なんて経験と実績を積み上げてできるものだから、自信がもてない人にはどうしようもない、と思うでしょう。
 それは間違いです。
 自信は、自信たっぷりにふるまえば生まれてくるものです。
 ただそれだけです。

 できなくても、わからなくても、堂々と
 「先生にはできない。○○さんが得意だからやってもらおう」
 「先生にはわからない。明日までに調べておく。知っている人がいたら教えてほしい」
と言えばいいのです。

 自信のない態度が自信を失わせ、おべっかに走らせるのです。

「荒れのないクラス」003 見た目03 にやにやしない

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┃「荒れのないクラス」003 見た目03 にやにやしない
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 「にやにや」でも「にこにこ」でも同じです。
 笑顔でいること、笑顔をつくることです。
 荒れのないクラスをつくるために、「にやにや」「にこにこ」をやめなければなりません。

 時と場と場合に応じて、当然の表情として笑顔をつくることが悪いのではありません。
 例えば、跳び箱が跳べなかった子が初めて跳べた、いつも黙っていた子が進んで発言した、先生のジョークにクラス中がドッと笑った、こんな時に笑顔になるのは当たり前です。
 また、人格者や本当に余裕のある人がいつもにこにことしていて、どんなことにも動じないというのも素晴らしいことです。

 やめなければならないのは、にやにやにこにこするような時、場、場合ではないのに、またにやにやにこにこする必要のない時、場、場合なのに、にやにやにこにこしてしまうことです。

 例えばこうです。
「先生、黒板の字、間違ってるよ」
「ああ、本当だ。ありがとう」
「先生のくせに、字を間違えるなんて、だめだね」
「(にやにやして)ごめん、ごめん」(自分を卑下して)

「先生、どうして雪合戦だめなの?」
「危ないので学校で禁止になりました」
「どうして。ねえ、どうして」
「・・・・・」
「先生、わからないの」
「(にやにや)・・・・・」(笑ってごまかす)

 こういうことを続けていれば、子どもになめられます。
 この先生は何を言ってもにやにやにこにこしているから、何を言っても大丈夫だ、御しやすい、と無意識に思うでしょう。

 私ならこうです。
「先生、黒板の字、間違ってるよ」
「ああ、本当だ。ありがとう。(真顔で)でも○○さん、間違ってるよではなく、間違っていますと言うのが、正しい言い方ですよ。」
 こう言えば、この続きの言葉を子どもは言いません。

 こう言わなかったとして、この続きがあった場合は、
「先生のくせに、字を間違えるなんて、だめだね」
「(その子に視線を集中し、怒りを含んだ声と表情で)何がだめなの?」
「・・・・・」
「(真顔で)間違うことは誰にでもありますよ。言い方に気をつけなさい」
 このように道徳的でないことには毅然と対します。

「先生、どうして雪合戦だめなの?」
「危ないので学校で禁止になりました」
「どうして。ねえ、どうして」
「・・・・・」
「先生、わからないの」
「(真顔で)危ないからです。それ以上の理由は先生にも分かりません。後で聞いておきます。それから、先生に話すときには、ちゃんと『です・ます』をつけて話しなさい」

 こういう当然するべき態度、対応をせずに、にやにやにこにこして逃げよう、ごまかそうとしているとクラスは荒れていきます。
 これをやめることが必要です。

「荒れのないクラス」002 見た目02 落ち着きのある色

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 スーツにしてもシャツにしてもパンツにしても、どんな色を着るかによって、子どものもつ印象が変わります。
 色には、親近感をもつような色、活動的になりやすい色、甘えたくなるような色などがあります。
 そういう色が悪いわけではありませんし、本来はそういう色の服を着た方が子どもとの関係がうまくいくでしょう。

 しかし、子どもとの適正な距離感を保つことを考えた場合は、それらとは別の色がよいでしょう。
 では、どのような色の服を着ればよいのでしょうか。

 それぞれの色にはそれぞれのイメージがあります。
 これらは、国や地域や文化によって、また個人によっての差はありますが、ある程度の共通性もあるようです。
 ざっと見てみましょう。

 白:新しい 清潔 出発 明るい 冷たい 冬 軽い 無 ピュア 潔癖
 黒:暗い 怖い 出発 不気味 冷酷 死 恐怖 クール 高級 上品
 灰:曖昧 中間 中途半端 憂鬱 寂しさ おじさんっぽい 暗い
 赤:熱い 情熱 強い 活発 派手 危険 怒り パワー 愛
 青:寒い 冷たい クール 夏 冬 男性 爽やか
 緑:自然 おだやか リラックス 安全 しぶい 新鮮 エコ
 黄:明るい わくわく 楽しい 危険 注意 春 希望 光
 橙:陽気 温かい 穏やか 日差し 春 希望 ぬくもり
 桃:春 恋愛 幸福 ハート 女性らしい 幼い 可愛い
 紫:高級 高貴 狂気 個性的 暗い 秘密 優雅 怪しい
 茶:温もり 安らぎ 自然 素朴 地味 汚い 渋い

 幼稚園や保育園の先生が、赤色や黄色や橙色や桃色の服をよく着ているのは、その色が「活発」「明るい」「温かい」「可愛い」などのイメージをもっているからです。

 さて、今考えることは
・子どもとの適正な距離感を保つ
・まじめで秩序のある教室の空気感をつくる
ということです。
 このようなことを考えた場合、少しでも役に立つ色はどのような色でしょうか。
 白、黒、灰色、青系の色と言えるでしょう。
 これらの色には、「暗い」「寂しい」「冷たい」「寒い」というイメージがあります。
 子どもとの距離感を保つのに有効と言えるでしょう。

 余談ですが、適正な距離感のもとに学級経営がうまくいっている教室では、赤、黄、橙、桃、緑、茶などの色がよいのではないでしょうか。

「荒れのないクラス」001 見た目01 スーツを着る

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 クラスの荒れの始まりは、詰まりすぎた子どもたちとの距離感にあります。
 適正な距離感でスタートすることが荒れを防ぐために必要です。

 距離感を適正に保つために、「見た目」つまり外見から考えてみましょう。

 まず服装です。
 スーツを着用しましょう。
 スーツでなくても、ジャケットは着用しましょう。
 男子はネクタイも必須です。
 色は落ち着いたもので。男子ならばネイビーとかグレーとか。

 小学校の教員は往々にしてジャージで過ごしてしまいます。
 ジャージでなくても一般にカジュアルな服装が多いです。
 想像してみてください。
 目の前でジャージで話をしている先生とスーツで話をしている先生。
 どちらの方が信頼できますか。
 スーツを着ている先生の方が信頼できるに違いありません。

 まして新学期です。
 初対面ならなおさらです。
 始業式だけスーツの先生は多いです。
 しかし、しばらくの間、運動の時間は別として、子どもたちと対面して話をしたりする時には、スーツを着用します。

 子どもたちは、
「この先生はまじめだ」
「この先生は固い先生だ」
「この先生はどこか話しかけにくい」
「この先生には冗談が通じないかもしれない」
「この先生にはふざけたことが言いにくい」
と思うでしょう。
 そのような印象をもつでしょう。

 それがいいのです。
 そのような印象をまず子どもたちに持たせるのです。

 いろいろな見た目を駆使して、まじめで秩序のある教室の「空気感」を出していかなければなりません。
 力のある先生ならば、「にらみを利かせる」だけで、あるいは「一言言葉を発する」だけでできることですが、それができないならば、あらゆることを総動員して教室の空気感をつくらなければなりません。
 その空気感をつくれなかったことが、荒れにつながります。

 空気感をつくるアイテムのひとつがスーツです。
 子どもの前に立って話をするときにはスーツを着ましょう。

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Appendix

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yamanaka339

Author:yamanaka339
栃木県で小学校教員をしています。
どうぞよろしくお願いいたします。

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