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人間であるがゆえの悩み







おはようございます。

山中伸之です。




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★2月 2日(土)素材研究講座A
   https://kokucheese.com/event/index/548612/
★2月 3日(日)素材研究講座B
   https://kokucheese.com/event/index/548638/
         ※どちらも内容は同じです。

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金八先生の

有名なセリフ。




「君たち、いいですか。

 人という字はねぇ、

 人と、人とが

 支えあっているから

 人なんですよ。」




「人」という字を

「ノ」という人と

「\」という人が

支え合っているって

見たんですね。




このテレビの影響は絶大で

それからは

そういう解釈が

一般的になりました。




まあ、事実は

違ってますけどね。

「人」の字って、

「一人の人」を横から

みた形です。




体の固いおっさんが

前屈をしたんだけど

「手が膝くらいまでしか

 届かんのよ」

っていうポーズを

横から見ています。




支え合っているんじゃなく

一人で支えているわけです。




本当のところは

人は一人で生きていくべきで

一人で生きていけるのです。




それがいつの間にか

♪人は独りでは

 生きて行けないから

なんて歌われて、




いつの間にか

みんなその気に

なってしまいました。




必要以上に

関係性を重視するように

なってしまいました。




ゲシュタルト療法の創始者

フレデリック・パールズの

『ゲシュタルトの祈り』

というものがあります。




----(ここから)----

私は私のことをします

あなたはあなたのことを

してください


私が生きているのは

あなたの期待に

応えるためではありません


あなたもまた、

私の期待に応えるために

生きているのではありません


あなたはあなた、

私は私


もし、

私たちの心が通じ合わなくても、

それは仕方のないことです

そして、私たちの心が

たまたま触れ合うことがあれば

それは最高に素晴らしいことです

----(ここまで)----




この真逆をやっている

そんな人が増えています。




「人という字はねぇ、

 人と、人とが

 支えあっているから

 人なんですよ。」




という考えは、

日本人的かもしれませんし、

思いやりややさしさという

点から考えると

すばらしいかもしれません。




しかし、それが高じて

ゲシュタルトの祈りの

真逆に向かっていないでしょうか。




そういう生き方は

かなりつらいし

苦しいものです。




ゲシュタルトの祈りの

「あなた」の部分を

・夫や妻

・両親

・我が子

・同僚

・友人

・クラスの子

などに読みかえてみてください。




あなたはあなた

私は私




でも、

私たちの心が

たまたま触れ合うことがあれば

それは最高に素晴らしいことです

というように




お互いに

最善を尽くしながら

相手に、過度な干渉や期待を

しないでいる

ということです。




武者小路実篤も

言ってますね。




「君は君

 我は我也

 されど仲よき」




これが最高です。





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