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小辻節三 7

ユダヤ人難民が滞在できる日数は10日間前後でした。

小辻は何度も外務省に行って延長してくれるようお願い
しますが、許可はおりませんでした。
そこで、小辻は今では外務大臣になっていた旧知の、
松岡洋右を頼ります。

しかし松岡といえども、軍部の目もあり独断で延長を
許可することはできませんでした。ただ、松岡は小辻に
ある策を伝えます。

それは、ビザの延長の権限は神戸の自治体にあるから、
神戸の自治体から延長の許可を得た場合には、外務省は
見ぬふりをする、というものでした。

page015.jpg


小辻は松岡の助言を受け、神戸の自治体を動かそうと
します。しかし、官僚ではない一介の学者につてはあり
ません。

そこで小辻は、警察幹部と親しくなり、融通をはかって
もらう作戦に出ます。
そのためには、幹部を接待するための資金が必要です。
貧乏学者の小辻にはそのお金がありませんでした。

ただ可能性としては、妻の兄がかなりの実業家だった
ことでした。小辻は義兄をたずね思いの丈を話します。
義兄は一晩考えさせてくれといい、小辻はその晩は義兄
の家に泊まりました。

翌朝、小辻が目覚めると、枕元に今の価値で数千万円の
お金が置いてあったといいます。

小辻はその資金を使って警察幹部を超一流の料亭に招いて
接待をします。一度目、二度目とビザの話はおくびにも
出さず、ひたすら接待をし親交を深めました。

そして互いに打ち解けた3度目の接待の場で、小辻は
ユダヤ難民の窮状を訴え、ビザ延長の話を切り出します。

こうして、ユダヤ人難民は延長の申請をする毎に、
15日間の滞在を延長することができたのです。これを
繰り返せば、渡航のめどがつくまで滞在が可能となったの
でした。

page016.jpg


しかし、これで安心できたわけではありません。
ドイツは日本に渡ったユダヤ人たちを本国に連れ戻すため
ナチス親衛隊の幹部を日本に送ります。

軍部はナチスの要求に対して、ドイツと同盟は結んでも
ユダヤ人の強制送還は別の話だと言って断っていました。
しかし、ついにその圧力におれて、とにかくユダヤ人を
尋問することになりました。

この尋問で軍部に疑念を抱かれるようなことがあると、
どのような目に遭うか分かりません。ユダヤ人難民の代表者は
決死の覚悟で尋問に向かいます。
小辻はこの時にも同席して通訳を行いました。ユダヤ人難民
たちにとっては非常に大きな心の支えだったようです。

この時のユダヤ人難民の代表者の弁舌と小辻の通訳を超えた
口添えによって、ユダヤ人難民の軍部からの尋問に耐え、
滞在を許されることになりました。

page017.jpg


小辻はユダヤ人難民のために、何度も神戸・横浜に通い、
船を手配し渡航先を見つけました。

こうして、ほとんどのユダヤ人難民が日本を離れて外国へと
向かったのです。アメリカやカナダや上海などへ向かいました。
上海へ向かった人達は必ずしも幸せではなかったようですが、
ホロコーストの犠牲にはなりませんでした。
また、日本がホロコーストに荷担するという汚名も被らずに
済んだのでした。




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栃木県で小学校教員をしています。
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